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March 12, 2011

2011年3月11日。

ここ数日の、インドの同僚達による、元々は自分の範囲外の仕事の手伝いの気疲れで、朝「体調悪いので午後から出社します」と連絡して午前中は家で伏せっていました。

13時頃。ようやく動けるほどに回復したのでバナナと牛乳を流し込んで13時半頃家を出ました。コンビニでおにぎり3つ買って。
14時半ちょっと前に「午後から」にはちょっと遅れて(苦笑)出社、メールチェックしつつおにぎりをほおばっている間に、建物が揺れ出しました。

会社が入っているビルは、普段から強風が吹くだけで震度1程度揺れるビルです。ですが地震の揺れは風のものとは違う揺れ方をします。

今日もそういう地震のものっぽい揺れだな、と思い、「地震だ...」とほかの同僚たち3人と顔を合わせはしましたが、そのときには「またこのビルは大げさに揺れるなぁ」と高をくくっていました...20~30秒ほどで揺れが大きくなりました。

ゆっさゆっさ...「うわ、これは大きい」
ごっとごっと...「え、こんなのなかったよね」
ガッタガッタ ! 「非常口開けて !」「机の下に !」「うわ、立っていられない」

まだゆっさゆっさと揺れている中を非常口にたどり着くと、8Fから見えるほかのビルも大きく揺れています。某TC社のビルは、中の人たちは大丈夫なのか ? と思うほど、見るからに建物全体がぐにゃぐにゃ揺れています...。

揺れはじめから1分以上...3分ぐらいに感じましたけど、ようやく揺れが落ち着きました。「これはまたどこかで大きく揺れたぞ」とPCで情報チェック、宮城県で震度7、マグニチュード8.x(正確な数値は失念、のちに8.4、8.8に修正)...えっ !?
と驚いたのもつかの間、また揺れ出しました。窓の下の道路では同じビルから逃げ出した人々がこちらを見上げています。山手線が止まっています。我々も、建物の中にいては危ない、ということでとりあえず非常階段で外に下りることにしました。

皆不安そうです。若い人たちがケータイで連絡を取ろうとしていますが、つながらないようです。私もツイッターにつなげようとしましたが、なかなかつながりませんでした。
ワンセグTV放送を観ますが、日本中に津波警報が出ていることぐらいしかわかりません...。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46090938442981376

外で様子を見ている間にも数回の大きい余震がありました。会社の隣のビルは見た目でわかるほど大きく揺れています...よく窓ガラスが割れたりしなかったものです。

30~45分ぐらい外にいたでしょうか、大きい余震も収まったようなのとPCでの情報収集のために、オフィスに戻りました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46098637306073088

http://twitpic.com/48e094

電話がつながりませんが、インターネットは使えます。うちの会社のメールサーバはアメリカとインドにあるのでメールは通じます。とりあえず「東日本で大地震発生、東京もかなり揺れた。オフィスにいた4人は無事、社外に出ている他はわからない」とインドのマネージャにメール送信。

以降はほとんど仕事になりませんでした。数通「(インドから)日本オフィスのテスト環境がうまく使えないんだけどなんとかして」というリクエストに答えてあげたりしましたが、ほとんど情報収集で時間が過ぎていきました。
なぜか会社からRadikoが聴けず、Keyhole TVのTV放送中継を観ていましたが、回線混雑のせいか映像はほとんど見られませんでした。そんな最中に知った、姫路の中学生という男の子のNHK TVをiPhoneでUstream中継は、非常に助かりました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46124107846262786

重要なWebサイトは軒並みアクセス集中でダウンし、ツイッターには「サーバ室で負傷した、助けて」とかデマが飛び交いました。信憑性のある情報を集めるのがいつにもまして大変でした。

18時頃。ビルの管理会社の人が被災状況を見回りに来ました。壁のヒビは今回のものかどうか覚えていませんw エレベータは緊急停止したまま、エレベータ管理会社と連絡がつかず復旧めどが立たないとのこと。

19時頃。JRが11日中の復旧を断念したとのこと。これで帰宅がしづらくなりました。大江戸線も止まったままです。長期戦、会社宿泊を覚悟して、とりあえず夕食の調達に出ることにしました。非常階段を8Fから降りて。
外は徒歩で帰宅する人たちで混雑していました。会社近くのコンビニも大混雑で、棚の食料品は菓子パン類、インスタント食品類も含めて空っぽ、かろうじてお菓子類が残っているだけでした。これではお腹がもたない、と別のコンビニに行っても状況は同じで、どこも「食料争奪戦」がほぼ終戦を迎えていました。2軒目で見つけたインスタント焼きそばは一緒に来た同僚に譲り、私は別のコンビニへ...ぜんぜんダメ。仕方がないので満席で大混雑の中華料理屋で定食を食べて会社に戻りました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46157017634713600

20時半頃。オフィス内は暖房も効いて電気も水もありますが、やはり布団で寝たい...。調べてみたら家までは12.5kmでした。なんだ、歩けそうだ、ということで徒歩帰宅も検討していた矢先、猪瀬直樹副知事のツイッターで「大江戸線が運転を再開する」との情報が。

http://twitter.com/#!/inosenaoki/status/46168066245144576

代々木まで出ればよさそう、とのことで、渋谷のオフィスを出発しました。21時頃。

渋谷駅は東急もシャッターが閉まっており、閉め出された人々が運転再開を待っている様子でした。(いち早く運行再開した)バス停も列ができていました。ちょうど駅に通りがかったときに銀座線が入線していくのが見えました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46181030813638656

明治通りを人の波と一緒にとぼとぼと歩き、代々木駅に着いたのが22時頃。すでに運転は再開していました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46191574341783552

ちょうど電車が停車していました。なんでも都庁前駅で安全確認中とのこと。すし詰めでしたが無理矢理に乗り込んで、徐行運転でいつもより数倍の時間がかかりましたが、ようやく地元駅に着いたときは一安心しました。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46201700704464896

さて家に帰り着いて、玄関を開けて最初に目に入ってきたのは「ダイニング」に積まれたダンボール箱が崩れて(元々少ない)足の踏み場がなくなっていた光景でした。
それをかき分けて居間に入ると積み上げていた本やらDVDやらが崩れていました...でも被害はこういう「モノが崩れた」程度で、電子機器が壊れた等の被害はない様子です。

http://twitter.com/#!/bishibashi/status/46205329574342656

家族とメールで連絡を取り無事を確認し、本を片付け(積み直し)、なんとか寝られるようにして、TVをつけながらこの記事を書いている現在25:30。まだたまに余震が来てゆらゆら揺れます。群馬県を震源とする余震が起きるなど、震源地が南下してきているのが不気味です。東京直下、東海沖など大地震に連鎖しませんように...。


長い、大変な一日でした。

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